子供に携わる周囲の役割

日本における野球文化ってどういうイメージでしょうか?

昭和の時代に生まれ育った我々にとっては、野球といえば

- 夕食時に父親がビールを飲みながらTVを占領している。この2時間は見たいTV番組が見れない。
- 誰しも一度や二度、父親にキャッチボールをしてもらった思い出がある
- 父親や友達と野球場にプロ野球をみにいった経験がある
- 近所に一人や二人、プロ野球選手を目指すといって勉強ほっぽりだしで野球ばかりやっているやつがいた
- リトルリーグのコーチは鬼コーチで、すぐどなる
等々

それなりに、いろいろなイメージが沸きますね。

では、我々にとってのサッカー文化ってどうでしょうか?

親である我々の世代には、子供のころにサッカーが生活の中になかったために、それがありません。1993年のJリーグ開幕、1994年のドーハの悲劇、1998年フランスワールドカップに初出場、どれも、10代後半から30代にかけての思い出ですね。Jリーグバブルから、代表戦を除いては、試合のTV中継もへり、すこし停滞気味な感じでしょうか?

ではスペインのサッカー文化はどうでしょう?

スペインの子供達にとっては、両親も、おじいちゃん、おばあちゃんも、サッカーに慣れ親しんだ生活をしてきています。日曜日といえば、子供たちのリーグ戦。一家総出で応援にでかけて、家に帰ると、「どこどこの誰がうまかった」、「なんであんなチームに負けるんだ」、「あのプレーは絶対、オフサイドだった」等々、夕食時やひどければ、その翌日もまた試合の話が普通に食卓で行われる毎日。自分たちのサッカーに加えて、お父さんの友達がプレーしている地元チームがあろうものなら、お父さんは、またその地元チームの話や家族総出で地元チームの応援 ・・・ 

そんな、なかで、近所に一人や二人いるずば抜けてサッカーがうまい子供達が、プロリーグ1部や2部のカンテラに入団してプロになるために育成プログラムを受けています。そして、そんな子供達のなかでも、ひときわ才能が認められ最も優秀だと思われる子供達の育成を担っているのがレアルのカンテラの監督達です。

ただ、才能が認められたカンテラの子供達も、そのほとんどがカンテラからすぐにクラブのトップチームに昇格することはなかなかかないません。試合にでれないことはサッカー選手としてのキャリアが停滞することを意味します。なので、出場機会を与えてくれる他のチームに移籍していくことがほとんどだそうです。

レアルのカンテラで育成された選手は、カンテラからトップチームにすぐには昇格できない場合、自分で考えて、出場機会を得られるチームへ移籍して活躍することで実績をあげ、再びビッグクラブのトップで活躍することを目標にする。何人もの先輩やスター選手がそうやって階段をのぼった実績があり、それが当たり前な世界・・・・・

精神的にも肉体的にもタフでなければ、成功できないし、それを周囲が挫折と受け取らずに、当たり前だと受け入れられる環境。

職業としてプロサッカー選手を選択するという事は、育成にはじまり、選手生活をへて、引退後のセカンドキャリアをどうデザインするかを節目節目で決めていかなければなりません。また、周囲にいる人々もその現実を当たり前に受け止め、卑下することなくサポートする環境を整える。こういった周囲のサポートも、文化として根付かなければならない大切なことではないでしょうか?

レアルの監督たちは、精神的にも肉体的にもタフで素晴らしい選手育てるために全力で支えてくれます。それに加えて、子供達が節目節目で重要な決断をするときに、現実を当たり前に受け止め、卑下することなくサポートする環境を整えるように努めることが、我々、子供に携わるものすべての人たちの役割ではないでしょうか?